大フィル第429回定期 ウォルトンのベルシャザールは空騒ぎ

2009年06月28日 19:16

モーツァルト/交響曲第35番ハフナー
  秋山和慶の指揮を久しぶりに聴く。朝比奈時代は客演指揮の常連で、朝比奈が余り振らなかった近現代ものをよくやった。そのせいか秋山=軽い音のイメージがあった。ところが、今日のオケは重い、ドイツ的(と日本人だけが思っている)な音がする。大植サウンドから一転、先祖返りして朝比奈時代を彷彿とさせる音だった。オーケストラが昔なじみの指揮者とやると、その頃の音になるのだろうか。

ディリアス/小管楽のための2つの小品
  ぬるーいメロディ、メリハリの無いオーストレーションのこの曲を最後まで聴いた記憶がない。今日も心地よい午睡への誘惑を断ち切ることができなかった。

ウォルトン/オラトリオ「ベルシャザールの饗宴」
  「歳をとると声楽を好むようになる」と誰かが言っていた。それを信じて、何時か聴くだろうと声楽物も集めてきたが、その日が来る前にこの世からオサラバしそうだ。
長い曲だったら、聴かずに帰ろうと思っていたがプロク゜ラムに35分とある。「ステージの左右に配された2群のバンダ(イタリア語、金管楽器の別働隊)」とか、パイプオルガンも入るらしいので踏み留まることにした。
  
 合唱隊は大フィルと九州交響楽団の合唱団の混成で、約130人が舞台後方と後部座席に5列に並び、その上にはペット、ボーン、バスからなる金管隊が勢揃いしている。なかなか壮観である。マイクも指揮者の頭上に4本、合唱隊に3本、エンビエンスマイクが3本と気合いが入っている。

 いきなり合唱隊がアカペラでテクスト歌い出した。言葉が聞き取れそうで聞き取れない。対訳を見るとシェイクスピア英語(thou、thytとあるので)になっている。日本語でいえば文語調の歌詞というところだろうか。普通は直ぐさまオケが被さってくるのだが、なかなか入ってこない。オケが入ったと思ったら声楽隊は沈黙する。どうやらウォルトンはオケと声楽による音楽の相乗効果を狙ってはいないらしい。それぞれ別個に盛り上げる算段をしている。そう思うと急に音楽としての興味が失せた。

 舞台では中身のない空騒ぎが続いている。他の客は縦長のディスプレイに映し出されるテキストに目が行っていたが、私だけは反対方向のオルガン奏者の手をじっと見ていた。どこでパイプオルガンが出てくるんやろ。オケがウワッと盛り上がったピークに合わせて手が動いている。8本のコントラバスの更に下の音を補強しているようだ。

オーディオに40万の法則というのがある。高域と低域の再生能力をかけた数字で、例えば上を2万Hzとするには下は20Hzまで伸ばしておかないとバランスが悪い。上が2万まで出ていても下が40しか出ていなかったら、上も出ていないように聞こえるという。超高音を再生したかったら、それに見合う超低音も用意しておきなさいというものだ。
オケでも、金管の数を増やしたら、低音もそれ相応に増やしておきなさいと言うことになる。しかし、コントラバスを20台も並べるわけに訳にはいかないので、パイプオルガンにその代わりを務めさせている。ウォルトンの音楽を評価する事は出来ないが、少なくとも音の仕組みには通じていたようだ。

オーケストラのオルガニストは忍耐を要する仕事だ。1人だけ指揮者を見れないから、じっと耳を澄ませ、楽譜を追う。で、出番が来たと思ったら「ウー」とやるだけ。鳴らすだけなら誰でも出来るけど、どこで鳴らすかが問題だから、それ相応の訓練が要る。そして「ウー」は切ない。
来月はサンサーンスの3番だからやり甲斐があるはずと、プログラムをよく見たら、余所から女性奏者を連れてくるようだ。救われない。



帰ってテレビの番組欄を見たら、庄司紗耶香が先月の定演でやったのと同じリゲティのヴァイオリン協奏曲をやる。定演のを放映するのかと思ったら、6月にN響とやったとある。

関連記事


コメント

    コメントの投稿

    (コメント編集・削除に必要)
    (管理者にだけ表示を許可する)

    トラックバック

    この記事のトラックバックURL
    http://fugaku2.blog74.fc2.com/tb.php/884-f5fbe1a8
    この記事へのトラックバック