乗ってから読む宮脇作品

2009年08月07日 19:59

宮脇作品は、読んで行った気になる本だ。

さて実際に行ってから読むと、どうだろう。


「時刻表2万キロ」と「片道最長切符の旅」を読み返す事が多くなった。旅行先は幹線では片道最長、ローカル線は2万キロに該当する箇所が多いが、他にも沢山ある。

作品に描かれた場所を現実に通過してみると、それまで勝手に想像していたのとは当然違う。この表現はそういう事だったのかと思う箇所があれば、30年前の著者と同じ感興に浸れる事もある。

完乗率が上がりると、踏破した駅や路線を作中に見いだす事が多くなる。それらは目的の場所へ行く通過点で「読むだけ」の時には気に留めていなかった。単なる固有名詞が、実像を伴って脳裏に浮かぶと、「旅の物語」がより臨場感を伴って迫ってくる。



例えば、「駅は見ている」という晩年に近い作品に、九州ニューワイド周遊券で5日間の旅をする所がある。阪神大震災の事が書かれているから、丁度その時に旅をしていたらしい。

「第2日目 1月22日(日)
小倉6時00分発。近郊電車なのに転換式クロスシートで、鮮やかな紫の新しいモケットが張ってある。九州の通勤客がうらやましい」
九州完乗を目指す旅  2日目その1 西戸崎と若松に写真がある。黒とシルバーの列車が多いが、その下の赤とシルバーの列車も走っている。
博多、小倉という2つの政令指定都市を結ぶ通勤電車が、ロングシートでないというのは、実際に乗ってみると驚きである。

「折尾で下車し、1番線に降りる」
折尾駅は立体交差になっていて、筑豊本線は下の階の1番線から出る。
乗ってきたのは鹿児島本線を走る列車で、上の階のホームに到着する。そこで「下車」した後、階段で1番ホームへ「降り」た。「下車」と「降りる」は別々の意味を持っていた事に気がつく。

「そこへDD51が入ってくる。牽引するのは50系客車四両で、私が乗ったハコには客が1人もいなかっ
た」
残念ながら客車列車は絶滅危惧種で、トロッコ列車やSL、同じ絶滅危惧種のブルートレインに乗らないと、体験できない。門司-福知山間を各駅停車した824列車は、夢の又夢である。


「それに反し、桂川(けいせん)から筑豊本線の終点の原田(はるだ)へと向かうわが列車はわびしい。この列車のつぎは7時間も待たねばならぬ閑散線区なのだ」
現在は桂川-原田間の折り返し運転になっていて、当時よりむしろ改善されている。それでもあの区間の走破には苦労した。どんな組み合わせにしてもスケジュールが上手く収まらない。小倉や博多に着いた日に抜けようとしても駄目で、前泊するとうまく行った。宮脇さんも折尾発の一番列車を利用したようだ。



僅か1ページの間の記述だけれど、行ってから読めば、それだけ深化した楽しみ方ができる。
「読んでちょっと得した気分」になれるよう、心血を注いで書くと宮脇さんは言っていた。これ程何度読んでも楽しい作品群は他にはない。


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