日本語が外国語になる時

2009年09月01日 08:44

「クロサギ」という映画を見ていて、詐欺師を演じる主役の台詞が聴き取れない事があるのに気がついた。意識して集中すると聞き逃すシーンが少なくなったが、何度かプレイバックしないと聴き取れない場面もあった。
アラカンで早くも耳が遠くなったのかと、通常の放送に切り替えてみたら問題なく聴き取れた。
そう言えば、お盆に帰ってきた息子と話していて、一瞬何を言ったのか判らない事があった。
カミさんにこの話をすると、彼女もそうだという。普段話している人とならそんな事は無いが、初対面の相手、特に若い人と話する時によく生じるという。

そう言えばクロサギの主役・山下智久は20代だった。役作りなのだろうが、抑揚を付けずに少し早口で喋る。テレビと違ってバックグラウンドの音も大きく入るので余計聴き取りにくかった。


状況が英会話テープのヒアリングに似ている。
あれは耳だけで聴き取っているのではない。会話のテーマから次に話される内容の候補を予め用意しておいた上で、耳からの情報とマッチングさせる。予想外のフレーズが出てくると、耳からの情報だけで判別しなくてならないので失敗する確率が高くなる。First of allがFestivalに聞こえてきて、その後全くフォロー出来なくなった事がある。どれだけ的確な候補を用意できるかは、経験によって異なる。


日本語でも、全く想定外の言葉が出てくると、頭の中が外国語の場合と同様の混乱に陥るのでは無いだろうか。抑揚が無かったり、早口だったり、周囲のノイズが多かったりするとその状況に拍車が掛かる。更に年代が離れる程世代間ギャップが大きくなり、普段から相互理解のための情報のキャッチアップがスムースに行かないのではないだろうか。


尤も「的確な候補」を引っ張り出してこれないのは、脳の老化が始まっている所為なのかもしれないが。





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