折尾駅を目指して中国地方2泊3日の旅 第3日 その1 仙崎駅 門司港駅

2009年10月01日 15:56

2009/9/12
2009912.jpg
乗りつくしの旅は、山陰本線の仙崎支線で終わる。
その後は折尾駅の見学等の観光のスケジュールになっている。
昨日までの2日間、列車に乗っている時はよく晴れていたのに、今朝は朝からパラパラと降り出してきた。

厚狭駅の1番ホームに2両編成の列車が入線してきた。
美祢線はローカル線だし土曜日で学生も居ないから、6:15発の長門市から仙崎行きは単行だと思っていた。しかし行き先には宇部と出ている。戸惑っていると、改札から係員がと声をかけてくれた。行き先をつげると後ろの車両に乗れと言う。
やがて連結が切り離されて、乗った車両は来た方角へ引き返していった。
時刻表を繰ってみると、もう一両は6:49発で2つ先の宇部までしか行かない列車だった。


P1010878.jpg
美祢線には秋吉台へ行くときに乗ったはずだが、山口線同様景色に見覚えが全くない。
ロングシートだけだが、空いているので90度身体を回して、外を見やすいようにして座った。
かっては大峰まで支線の出ていた南大嶺を過ぎて、美祢線の名前の由来となった美祢へ到着する。秋芳洞の人気が無くなったのか、観光地のベース駅のような雰囲気が無い。
次の重安駅では駅の西に大きな石灰岩の山が不気味に聳えており、ここいら一帯が石灰岩の産地である事を思い起こさせてくれる。



P1010879-2.jpg
この石灰貨車は重安を出発して美祢線、山陽本線を通って宇部から宇部線に入り、宇部岬のセントラル硝子まで石灰石を運んでいる。しかし今や1日1編成しかなく、お荷物となっていて来月限りで消えていく運命にある。



P1010881.jpg
こり列車は山陰本線の長門市駅から一駅先の仙崎まで行ってくれる。
仙崎駅は無人駅だが重厚な造りであった。


P1010882.jpg
駅舎に反して?線路は車止めもなく、素っ気なく草むらの中に消えている。


P1010883.jpg
青梅島観光船の船着き場が近いが、列車で来る人はいない。
今は、金子みすずが目玉で、近くに金子みすゞ記念館が建てられている。

まだ7時半だが、乗り鉄はここでオシマイ。
山陰本線の列車を乗り継いで九州の門司港駅へ向かう。
雨が激しく降るようなり、窓ガラスが曇ってせっかくの海岸線の景気もよく見えない。


P1010886.jpg
門司駅の印象が、昨年11月に来た時と違う。駅舎と改札の間に大きな通路がある。
当時のエントリーを見るとちゃんとこの通路は存在している。あの時は門司レトロ地区へ行くのが目的だった。脳は着目していない映像情報をどんどん捨て去るらしい。


P1010885.jpg
その通路の奥のトイレに「文化財」があった。お寺の鐘までも供出された戦時中の金属供出を免れたというから、当時の門司駅の威光が伺える。
この通路の先に、やまぎんレトロラインの駅が新設されている。


P1010888.jpg
ちょうどトロッコ列車が出発するところだった。今日は土曜日なので運転している。しかし、この雨では乗っても外が見えないのでパス。


P1010896.jpg
門司港駅には路線の起点であるゼロキロポストが3つある。
これは1番線にある現行のゼロキロポスト


P1010894.jpg
3番線には昭和47に九州の鉄道百周年を記念して建てられた「0哩」の石碑がある。
しかしこの裏面に「当時の0里標は、ここから南東195メートルの地点にありました」とある。


P1010889.jpg
いったん改札を出て、右手にあるスーパー「駅市場」の横の緩いスロープをあがる。
ここが明治24年に九州鉄道が門司駅を開業したときのホームだ。
目の前に九州鉄道記念館がある。


P1010890.jpg
「百年記念、0哩標跡 九州鉄道」の銘がある。


P1010891.jpg
この標跡の事は宮脇作品で「終着駅へ行ってきます」と、その10年後の「駅は見ている」に登場する。
後者(1992/10~1993/10「JR私鉄全線各駅停車」)を引用してみる。

「あたりは、鉄道関係の詰め所など、うらさびれた木造やプレハブなどの建物が並ぶ一角で、10年前と変わっていない。路地にはめ込まれた三角形の標識もそのままである。
10年という歳月が一瞬にして短絡した。いつものこちだが、こういうとき人の命のはかなさを感じる。
しかし、再訪してみれば、それなりの発見はあるもので、三角形の標識の脇に低い石積みが並んでいるのに気がついた。それは引き込み線の延長線上にビタリと一致している。ブラットホームの跡にちがいない。ここが紛れもなく明治24年の九州鉄道発祥の地なのだ。
私の思い違いかもしれないけれど、この石積みを、ぜひ保存してほしいと思う。」

辺りは「門司レトロ地区」の再開発に伴って整備された。標跡も分かり易くなった。
標識は路地から御影石の台座に麗々しく飾られている。
しかし、プラットホーム跡は盛り土があるだけで消えていた。


P1010900.jpg
1990年に、新日鐵の八幡製鉄所跡にスペースワールドがオープンした。
当時、あの新日鐵がテーマパークを始めたのかと驚いた。
いつまでも「宇宙技術」に関わっていては、人が呼べないので絶叫マシンを売り物にしているようだ。
スペースワールド駅が新設されて、高架のホームから見渡せる。
大人の半額のシニア料金で入れるそうだが、雨に服が濡れて気持ちが悪い。


関連記事


コメント

    コメントの投稿

    (コメント編集・削除に必要)
    (管理者にだけ表示を許可する)

    トラックバック

    この記事のトラックバックURL
    http://fugaku2.blog74.fc2.com/tb.php/971-3dfa1577
    この記事へのトラックバック