「虞美人草」の謎

2009年10月10日 15:21

何となく漱石が読みたくなった。夏目漱石全集は嵩張るからと、終の棲家には入れずにヤフオクで処分してしまった。今は子供たちが読んだ文庫本の三四郎しか残っていない。

三四郎を弄ぶ自由奔放な女性美弥子。奔放な女といえば「虞美人草」の藤尾の方が、もっと生々しい。生憎「虞美人草」は無い。アセンスに行くと、流石に漱石はズラリと並んでいる。ついでに「彼岸過迄」「行人」「それから」「草枕」も買ってしまった。

 「虞美人草」は漱石が朝日新聞専属の作家として活動した最初の作品である。この作品には他の作品には無い際だった特徴がある。
登場人物の会話文の間に江戸戯作文学調の地の文が挟まっている。韻を含んでいてリズムは良いのだが、中身がさっぱり頭の中に入らない。枝葉がいっぱい付いていて、当時の常識が無いから、幹が読み取れない。この地の文の内容を理解するのは苦労する。文語調の文を苦労して読みこなしても、本文と余り関係のない事柄が書かれていたりする。ストーリーを追うだけならここを読み飛ばせば、あっと言う間に読了してしまう。
 正宗白鳥はこの作品を勧善懲悪だから、ダメと決めつけた。勧善懲悪は八犬伝と同じで古い。古いからダメだという事らしいが、そんなことより、文学者ならこの作品の文体にもっと言及して然るべきだと思う。それだから漱石は今でも愛読されているが、白鳥なんて高校の文学史で習ったが何を書いたのかも覚えていない。尤も漱石が未だに人気があると言っても猫と坊っちゃんだけかも知れない。かく言う私も、中学の時は三四郎を柔道家の事を書いた小説だと思って読んだ。


何故漱石はあんな江戸趣味調の表現をしたのだろうか。
明治だから、その前の江戸時代を引きずっていると考えるのは大間違い。漱石の登場は意外と「新しい」。明治になって二葉亭四迷が口語体を提唱し、ライバル森鴎外も2、3の作品を発表した。しかし、行き詰まって軍務に専心している。「虞美人草」が朝日新聞に登場したのは1907年、明治も40年で既に末になっている。尾崎紅葉、幸田露伴、国木田独歩、島崎藤村は既に既成作家として活躍している。田山花袋の「蒲団」は同年に発表された。既に「江戸は遠くなりにけり」の時代になっている。
なのに何故なのか。


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