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ユニバーサル真空管アンプ 「富嶽」とその仲間達のページ
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田辺温泉今昔物語
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今でも少し通りから引っ込んでいますが、以前は黄色で描いた部分も田辺温泉へのアプローチになっていました。道路として売った金で建て替えられたようです。冷泉を温めた温泉ですが、間違いなく天然です。

道路のこちら側、左側には映画館がありました。小学校の時学校から映画鑑賞があって、女の人がヌードで泳ぐシーンがありました。沖永良部島を描いたドキュメンタリー映画だったのですが、そのシーン(ロングのソフトフォーカスで全体がぼんやり映る程度)だけよく覚えて居ます。

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田辺温泉の南側は焼け跡でした。金剛莊という料亭に大型爆弾が落ちました。私達の恰好の遊び場で、放課後カバンを放り出すと、すぐここへ駆けつけて一日中遊んでおりました。何もないところでどうやって一日中遊んでいられたのか、不思議な事ですが何をしていたのか思い出せません。

ところが最近になって、それが擬似原爆であることが明らかになり、付近に慰霊碑が建てられました。
数日前のNHKでも取り上げられていましたが、「死者80人」というアナウンスには違和感を覚えました。この碑には死者6人と書かれています。擬似原爆全体での死者数だったのか。映像が「先」に来ますから、あの場面で死者80人と言われると、ここでのことかと思ってしまいます。

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また一軒、街の本屋さんが姿を消しました。「半世紀以上」とあります。金剛莊の焼け跡で遊んでいた頃からの本屋さんでした。



デジカメ散歩 | 11:29:06 | Trackback(0) | Comments(0)
なにわの海の時空館
金曜日はノーマイカデー。地下鉄が600円で乗り放題の日です。
ニュートラムに乗ってトレードセンターまで。海辺にドームが見えます。
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R0011247.jpg 右へ回り込んで、エントンスホールに着きます。
 ところがエントランスは、ここからぐっと右に回り込まねばなりません。
 来場者の事を考えない、公共の建物らしい設計です。

 振り向けば、いま話題のWTCが。

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「海底通路」を通ってト゜ームへ入ります。

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すると、復元、千石積み檜垣廻船の「浪華丸」がドーンと。これは迫力在ります。

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けど、これでお終い。このドームは「船」を入れたら一杯で、これ以外はジオラマ等のちまちました展示物だけ。
来場者は夏休みにもかかわらず、子供連れが2組とシニアがちらほちでした。

平成元年には大阪市政100周年を記念して設計開始、平成12年完成ですからバブル時の計画をそのまま実行したものです。「2008大阪オリンピック」誘致のアイテムでもあったのでしょう。
英語はmaritime museum 「海事博物館」です。近代船を含めてもうちょっと船を並べたらと思います。大阪の水運に海はありません。運河ばかりです。河では地味なので、檜垣廻船の復元という奇策に打って出たのでしょうが、まさに竜頭蛇尾、後がありません。
ジンベイエザメが居なくなっても海遊館へ行く人はいるでしょうけど、この「船」が無くなったらなにわの海の時空館へ来る人はいません。また未来永劫この船を展示するだけで、この施設が維持できると考えて居るのでしょうか。


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野外に「なみはや」がポツンと置かれています。同時期に埴輪から復元したものです。これなぞも入れたら良いと思うのですが、融通のきかない役所仕事でどうしょうもありません。

デジカメ散歩 | 15:54:03 | Trackback(0) | Comments(0)
「河底池」「スパワールド」「やまと屋」
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有料になってから(随分昔の話だが)天王寺公園へ来たことがなかった。

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無料の時も、植物園、慶沢園は有料だった。今はどちらも公園の入場券で入れるから、両方行けば割安になる。

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天王寺美術館の入り口。記憶では黒田藩の蔵屋敷の門だったと思う。
この下の道路を路上カラオケ屋が占拠して、強制執行の騒ぎがあった。
美術館の入り口で路上カラオケをガンガンやられては堪らない。
しかし、10年も放置していた行政も悪い。


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慶沢園は旧住友家の庭。あまり有名ではないが、豪華な庭園だ。
美術館の帰りの立ち寄りコースだった。

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河底池は慶沢園の奥にある。橋の向こうは茶臼山。
この池は、和気清麻呂が大和川の流れを西向きに変える工事の一環として掘った、と伝えられている。掘った土を盛り上げたのが茶臼山だという説もある。この工事は資金がショートして失敗だったらしい。
近鉄線あべの橋の次に河堀口と書いてこぼれぐちと読む駅がある。ここは、その工事の掘り出し口だった言われている。

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池の西には通天閣が。
赤い舞台は在日コリアの寺統国寺のものである。

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このエリアの主役、大阪市立美術館を回って目指すは、スパワールド


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「美と健康の快適空間」なんとレトロなキャッチフレーズだろうか。
普段は3時間2400だが、夏の間はキャンペーン価格の1000円になる。

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フェスティバルゲートも撤去されていない。こんな所にもギリシャ風の飾りがついている。
温泉→入浴=ニューヨーク=自由の女神、という洒落で銭湯に自由の女神像が飾られていた。同じノリであろう。スパワールドの内外にこうした飾りが溢れている。市側は洒落の積もりだったかもしれないが、洒落になっていない。グロテスク以外の何者でもない。

建物の二階は吹き抜けになっていて、通天閣が真正面に見える。
この景観だけが唯一の救いだ。

建物内の温泉も、ローマ、ギリシャ、フィンランドといろいろな名前が付いているが、どれもゆったりと入浴できる代物ではない。家族連れで、子供を遊ばせがてら来るには良い場所だ。1000円がいいところで、2400円では来る気がしない。


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風呂上がりには、「隣」のじゃんじゃん横町へ。今日はやまと屋2号店。
中生+牛串4本+紅ショウガで1050円。お通しなしの明朗会計。

デジカメ散歩 | 13:42:24 | Trackback(0) | Comments(0)
田辺歴史地区?
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松虫通りの拡張によって、北田辺商店街から切り離されてしまった、この商店街の入り口の通りを西へ。

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改修されておりますが、この付近の町屋に多かった格子窓が残っております。

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斜め向かいのこのお宅にも。ここの格子窓は掃き出し窓になっています。

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倉と一体になった門が。門の左側は使用人の部屋だったのでしょうか。

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幼稚園の帰り道、この家の石段で遊んでいたのを思い出します。
商店街からここまで200メートル位の短い間ですが、この辺りには戦前からの古い家がまだまだ残っています。

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「極めつけ」は、「通り」から一筋南の路地を入つたこの家、というか土塀と蔵。

神武景気、岩戸景気、高度経済成長、バブル崩壊と世間は目まぐるしく変わってきましたが、いまだに時間が止まったままの空間が残っています。


デジカメ散歩 | 13:43:39 | Trackback(0) | Comments(0)
阿倍野「天海堂」
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すでに現実の世界では取り壊されてしまったので、データの更新が遅いのを逆手にとって・・・・・。

阪堺軌道の上町線の走っている阿倍野筋。終点「天王寺」(本当は、この先の交差点を越えないと天王寺とは言えない。昔、JR天王寺駅の西側に駅があった名残り)から南へ歩く。地図の左下付近に「天海堂」とある。
ここは高校の頃からよく通った。定期考査が終わると、エラリークイーンズミステリマガジンの古書を漁った。文庫本を買うより安かったので、一冊80円ぐらいで4〜5冊買った。その後ハックナンバーを求めて、北海道から九州まで出張の度に現地の古書店を歩き回った。40歳ぐらいの時には創刊号から総て揃えていた。
大学の時に、岩波から漱石の全集が出た。欲しかったが高くて手が出なかったので、ここで大正時代に出版された全集を買った。全10冊を平野線に乗り継いで持って帰ったが、よくあんな重いものをぶら下げて帰ったものだと思う。
ミステリマガジンも漱石全集も、家の建て替えの時に処分した。

古書というものは、戦前から続いているような古い店舗で、何十年と同じ書架に並んでいる本をふとしたことで手に取り、買って帰るのが楽しい。そういう楽しみを満たしてくれる店が少なくなった。
天牛も道頓堀に兄弟がそれぞれ営む店が2軒有った。再開発で(なぜ、盛り場に古書店では駄目だったのだろうか?)アメリカ村へ移り、江坂へ支店を出したが、アメリカ村の店舗は畳んでしまった。

7/25 訂正。天海堂はまだ健在でした。

デジカメ散歩 | 16:23:24 | Trackback(0) | Comments(0)
今年初めての入道雲
暑い暑いと思って、空を見上げたら入道雲が。
梅雨が明けると早速。

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デジカメ散歩 | 14:00:51 | Trackback(0) | Comments(0)
大正で飲む
金曜日久しぶりに、昔の職場の仲間と一杯のみにJR大正駅へ。

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この界隈の飲み屋は、大正駅のすぐ北の筋から大正橋へ向かって

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一筋目

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二筋目。ここがメインストリートの大正橋商店街

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三筋目。ただしこれらの道は平行していません。

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三筋目の入り口付近にあるこの店は、「だし巻き」が美味い。

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今日は、駅のすぐ際の通り。まだ暖簾が出ていないれど、OKのはずです。

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ここは料理の量が多くて、刺身、天ぷら、かに甲羅盛、おばけ、伊勢エビの焼き物、フライ、寿司と、この歳では食べきれません。


デジカメ散歩 | 10:24:45 | Trackback(0) | Comments(0)
還暦同窓会
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高校の同窓会が、大阪駅前の大丸が入っているビル内のホテルでありました。
卒業生248名、鬼籍に入った者10名・意外に皆しぶとく生き残っています。
同じ会社へ入った者5人(別年度を含めて)中3人に会えました。
退職者は私を含めて2名、子会社転籍1名でした。


阪急ピルが、こんな素っ裸になっているとは。


デジカメ散歩 | 00:04:39 | Trackback(0) | Comments(0)
「原料炭」夕張炭の真価
「宮脇俊三を偲んで」シリーズで大夕張炭鉱跡を巡ったので、石炭について大雑派な話を書いてみる。


石炭には「原料炭」と「一般炭」がある。「原料炭の価格が、3倍になった」という報道で、多少はお馴染みになった呼称かもしれない。
原料炭と言われても、何の原料になるのか判らない。この種の石炭を「蒸し焼き」にしてコークスを作り、鉄鉱石から鉄を作るときの「原料」になるからこう呼んでいる。一般炭はそれ以外の石炭ということで、なおさら判りにくい。

こういう言い方をするのは日本だけである。
原料炭はcoking coal  一般炭はsteam coal と呼ばれる。
coking coal はコークスになる石炭、steam coal は蒸気機関の燃料になる石炭という意味で、石炭が工業的に使い出された時からのネーミングである。
こちらのほうが直裁的で判りやすいと思う。
「コークス用炭」「蒸気用炭」では、有難味がないから日本だけ固有の名前にしたのだろうか。地震のP波とS波と同様、直訳の方が理解しやすい。とかく日本では、判りやすいネーミングにしては、学者や役人の「沽券」にかかわるのである。



原料炭の一番大切な性質は、酸素が入らないようにした状態で高温に加熱してコークスにする時、石炭粒子がお互いにくっいて塊になる事である。熔けると言っても過言ではない。一般炭にはこのように性質はない。これは、コークス製造時にも、製鉄時にも非常に重要な性質である。


サンドイッチを思い浮かべていただきたい。「食パン」が加熱板で「具」が石炭である。「具」の部分の大きさは高さ約5〜10メートル、奥行き約10〜15メートルだが、厚さは0.4〜0.6メートル程度にすぎない。厚さを大きくすると熱が伝わりにくく、均一に高温に出来ないからだ。「食パン」は耐火煉瓦を積んで作られ、中は空洞でガスが熱源になっている。

石炭は上から投入され、蓋を閉めて空気の流入を防ぎ、900〜1200℃に加熱される。実際のコークス炉は熱効率の点から「サンドイッチ」は1セットではなく、20にも30も「食パン」と「具」が交互に連なっている。

加熱していくと熱分解が始まり、ガスやコールタールの蒸気が出てくる。このガスを燃やして熱源にするが、余るのでガスとして売る。これが都市ガス事業の始まりであった。

石炭粒子は膨張して、お互いにくっ付き、壁の間で「羊羹」が出来上がっていく。この膨張圧が大きすぎると、壁を破壊してしまう。弱すぎると塊にならない。
24時間前後加熱したすとガスが出終わり、コークスが出来る。
塊は収縮していて煉瓦の壁から離れる。
プッシャーと呼ばれる巨大なトコロテン押し出し器で、コークスの塊を水平に押し出す。
この時もし塊具合が悪いと、砂を押すのと同じで圧力が両側の壁に掛かって炉が破壊される。また収縮率が低いと炉の壁に引っかかって押し出せなくなる。
プッシャーの反対側は貨車が来て、塊が崩れながら、落ちてくるのを受け、水を掛けて急冷する。塊が崩れなければ納まり切れず、押し出しが出来なくなる。

固まりかたは強過ぎても、弱過ぎてもいけない。コークス製造プロセスは原料炭の性質によって成り立っている。一種類の石炭ではうまく行かないから、数〜十種類の石炭を混ぜる(配合と呼ばれる。ノウハウである)。



何故、こんな手間を掛けてコークスを作るのか。
刀等の武具や道具を手作業で作っていた頃は、木炭を使っていた。
高炉でコークスは、熱源、空気の通り道、溶けた鉄の流れ道、還元(酸化物である鉄鉱石から、酸素を奪い二酸化炭素となる)のための炭素源という4つの役目を果たす。自ら燃えつつも、崩れて隙間を埋めてしまってはいけない。
木炭では強度が保たないし、火力がコークスに比べて弱いため、体積的に多く入れねばならない。コークスは偶然、土の中で石炭が燃えて「炭」になっているのが発見された。使ってみると具合がよく、鉄の生産性が飛躍的に高まり、「原料炭」の採掘が世界的規模で始まった。




さて、夕張炭(北炭夕張新炭、大夕張炭、南大夕張炭も含めて)の原料炭としての「性能」で、世界に類を見ない面を持っていた。

石炭は炭化度によってランク付けされている。褐炭→瀝青炭→無煙炭とラング上がる程炭化度が高く、炭素の含有率が高い。原料炭は炭化度が高くても低くてもだめで、瀝青炭程度の石炭が良い。原料炭には粘結性というランクが適用される。微粘結炭→弱粘結炭→強粘結炭とランクが上がる程固化性が良い。

夕張炭は弱粘結炭である。単独でコークスにしてもあまり良いコークスにはならない。しかし、他の石炭と「配合」した時に、高密度で大きな塊(体積当たりの火力が強い)に特色がある。また、強粘結炭の中には膨張圧が強すぎて、単独では炉を壊してしまう石炭もある。こんな石炭も夕張炭を混ぜると品質の良いコークスになる。
流動性という指標がある。コークスになっていく過程での粘度を測定するのだが、夕張炭はコークスになる直前まで高い流動性を保っている。だから粒子の隙間を埋めて、粒子の接触面積を大きくする性質が高い。平たく言うと、他の石炭と「良く馴染み」、「糊」としての性能が非常に高い。名脇役なのである。

デジカメ散歩 | 09:09:22 | Trackback(0) | Comments(2)
健康の塔
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ザ・シンフォニーホールは、手前のプロムナードが良い。ここを通る間に、気分がコンサートへと切り替えられる。海外の有名ホールでも、中々こういうプロムナードを備えたホールは無い。

話は、この右にあるライオンの建物

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いつもは通り過ぎしまうのだが、今日は「皇紀二千六百年」の文字が目に飛び込んできた。

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由来を読むと、たまたま皇紀二千六百年に児童作文を募集した。その碑を後になって、ここへ移築したという事らしい。なんで「皇紀」云々の碑が必要なのだろう。「清潔で健康」を謳うならもっと他の手段がありそうなものだと思う。

デジカメ散歩 | 18:34:14 | Trackback(0) | Comments(0)
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